デュークが見た「第13回釜山国際映画祭」

今年もDukeが釜山映画祭をきります!

アンニョンハセヨ、デューク松本です。「アジア映画のハブ」を自負するアジア圏最大の映画の祭典「釜山国際映画祭」(通称:PIFF)も去る10月10日の閉幕式をもってその幕を閉じました。毎回様々な映画の上映やイベント、大勢の観客および豪華なゲストの来場で韓国国内外に話題を提供しますが、今回は開閉幕式を含め開催期間中の多くが好天に恵まれ、折しも場外では韓国プロ野球の釜山ロッテ・ジャイアンツが念願のプレーオフ進出との時期が重なりPIFF開幕とWで釜山の街を祝賀ムードが覆いました。その反面、開幕前に発生した世界経済危機への懸念、そして近年の韓国映画不振という負の要素を背負ってたのも事実。そしてナビでもお伝えした通り開幕当日は女優チェ・ジンシルさんの訃報で開幕式に影を落としました。それでも「頑張れ、韓国映画」「発見と発掘の領域拡張」「批評と談論の場の活性化」の3つのスローガンを掲げ今回も賑やかに開催されたPIFF。ここではその9日間を振り返ってみたいと思います。

<数字で見るPIFF2008>

10 日、PIFF閉幕式当日に主催者である釜山国際映画祭実行委員会よりその成果が発表されました。それによりますと、今回は世界60ヶ国から315作品(短編含む)がエントリーされ(前回比:4ヶ国減、44作品増)、計827回の上映(57回増)。うち、世界初披露となるワールドプレミアは85作品(20作増)、制作国外初上映となるインターナショナルプレミアは48作品(22作増)、アジアプレミア : 95作品。会場は例年通り海雲台エリアをメインに、PIFF広場がある南浦洞の2地区展開、スクリーン数は昨年より3スクリーン多い6シアター37スクリーン、総座席数 27万4847席態勢。観客動員は19万8818人、これまで最高だった前回の記録(19万8603人)をわずかに上回りPIFF歴代記録を塗り替えたとのこと。ただし、座席占有率は72.3%で昨年より3.5ポイントのダウン(過去5回中4番目)。また、18回の上映中止と7回の追加上映があったことも公表されています。作品上映時の舞台挨拶は184回。参加した国内外のゲスト及びプレスの数は1万1110名(149名増)。総予算は89億ウォン。その内訳は釜山広域市からの支援金32億ウォン、中央政府からの支援金15億ウォン、スポンサー収入36億ウォン、入場料収入6億ウォン。

<PIFFを彩ったセレブたち>

前出のように突然の訃報に開幕式は多くのキャンセルが出たと言われていますが、開幕式や閉幕式のレッドカーペットや会期中の各種イベント、舞台挨拶時には結果多くの国内外のセレブが駆けつけました。PIFFの華である韓国人女優たちの美の競演はもちろん健在。やはり今回韓流スター的に目玉だったのはイ・ビョンホン、チョン・ウソン、ソン・ガンホの『ノムノムノム』トリオ、開幕式でサプライズ登場のチャン・ドンゴン、久々の登場チェ・ミンシク、実力派ナンバー1アン・ソンギ、そして今回のPIFFのホスト的役回りを担ったヒョンビンではないでしょうか。韓国内的にはいまやハリウッドで引っ張りだこの若手コメディ俳優アーロン・ヨーをはじめ、ジェームズ・カイソン・リー、ダニエル・へニー、ムーン・ブラッドグッドなどの韓国系アメリカ人俳優たちも話題に。監督陣では名匠イム・グォンテクをはじめ、PIFFならではの多くの顔が見受けられました。
隣国・日本からは韓国で人気爆発間近の綾瀬はるかと開幕式に子猫を抱えて登場の上野樹里を筆頭に、田辺誠一、本木雅弘、夏帆、佐野和真らが来釜。監督陣も滝田洋二郎、是枝裕和、矢口史靖、犬童一心、石井克人、鶴田法男、小中和哉、萩生田宏治、そして崔洋一、井筒和幸、大森一樹、阪本順治、李相日といった現代日本映画を牽引するそうそうたるメンツが来場しました。
その他、中華圏からはPIFF常連のホウ・シャオシェン監督や人気女優ジョウ・シュン、ケリー・リン、フィリピンが誇る新進気鋭ブリリャンテ・メンドーサ監督、タイからは国民的スターのアナンダ・エヴァリンハムとノンスィー・ニミブット監督、シンガポールは新鋭エリック・クー監督など国際的なタレントが顔を揃えました。
そして、PIFF名物の大物ゲストによるハンド・プリンティングでは、イタリアの巨匠タヴィアーニ兄弟のパオロ・タヴィアーニ監督、香港の娯楽映画王ツイ・ハーク監督、仏ヌーヴェルヴァーグ期の美人女優アンナ・カリーナが招聘されました。
しかし、PIFF2008の最大のゲストはなんといってもウォン・カーウァイ監督でしょう。今回は先のカンヌ映画祭で話題となった『楽園の瑕(きず)』(1994年)の再編集版を引っさげての登場です。釜山の地を踏むのは第9回(2004年)の開幕作『2046』以来4年ぶり4回目。たった1日の会場入りにも関わらず多くの海外メディアの注目を集めていました。

<デュークのPIFF鑑賞映画ベスト10>

全315本中、今回鑑賞できたのは約20本。例年は世界の映画界で話題となってる作品を中心に鑑賞をするのですが、今回のラインナップは総本数の割には目当ての作品が少なく、これまでPIFF常連だった欧米の有名独立系監督の新作もわずかだったので、割と無作為に鑑賞しました。なので韓国作品も例年よりも多く鑑賞。その中から選りすぐりの映画ベスト10をご紹介します。
1.『The Chaser(仮題:追撃者)』(ナ・ホンジン監督/韓)
今回のPIFFラインナップの中でダントツの作品力を誇る本格犯罪サスペンス。猟奇殺人犯と裏稼業に生きる元刑事との攻防戦を描く。ディテール、脚本、撮影、編集、音響効果、そして全演者の好演のそれぞれが完璧に近く、そのアンサンブルを奏でるナ監督は長編処女作だというから驚き。人気スターを配せずともこのような傑作を生み出すとは、韓国映画の底力を知る。
2. 『Happy-Go-Lucky』(マイク・リー監督/英)
リー監督が陰鬱な傑作『ヴェラ・ドレイク』から一転、常に陽気で前向きな女性を主人公に、その日常を描いたヒューマンドラマの快作。同様のテーマを描きながら『アメリ』や『セックス・アンド・ザ・シティ』より100倍好感が持てる。このような時代だからこそ必要とされる愛に満ちた映画だ。
3.『Captain Abu Raed』(Amin Matalqa監督/ヨルダン)
空港で働く老清掃夫が近所に住む貧しい子供達にパイロットを語り、架空の世界旅行の話を聞かせて人気者になるという話。この一文でオチは容易に想像できるが、その後の展開がとてもよくできている。ヨルダン社会が抱える諸問題を上手くストーリーに取り込みつつも、正義のカタルシスへの展開は見事。
4.『Lornas Silence(邦題:ロルナの祈り)』(ジャン=ピエール&リュック・ダルデンヌ兄弟監督/ベルギー=仏=伊)
前出リー監督作同様、監督名だけで安心して鑑賞できた作品。今回のテーマは不法移民問題。国籍のためとはいえ、好きでもないダメ男との偽装結婚生活にうんざりし、離婚を決意するところから物語が始まる。ダルデンヌ兄弟得意の心理描写に優れたドキュメンタリー・タッチの転落劇。
5.『The Class』(ローラン・カンテ監督/仏)
本年度カンヌ映画祭でパルムドールを獲得したドキュメンタリー風ドラマ。パリ郊外の移民が多い公立中学校で教鞭を執る教師たちは、言葉すら通じない生徒もいる中、教育レベルの違いや不理解から生じるトラブルに日々苛まれる。移民問題を軸に教育・グローバリズム・共生のありかたを問うた力作。
6.『Gomorrah』(マッテオ・ガローネ監督/伊)
低所得者が住むアパートを舞台に、麻薬や少年非行、マフィア抗争などの犯罪が渦巻く社会に生きる人々を活写したイタリア版『仁義なき戦い』というべき犯罪群像劇。それぞれの立場の人々の思考や立場、問題、イタリア独自の社会性やアイコンを上手く取り入れ、一編の物語にまとめ上げられている。
7.『Service』(ブリリャンテ・メンドーサ監督/フィリピン=仏)
監督前3作同様、混沌とするマニラの低所得者層社会に切り込んだドキュメンタリー風人情劇。今回はゲイ・コミュニティがテーマのコメディ仕立て。彼らの発展場となっている場末のポルノ映画館を舞台にオネエギャグ連発。しかしその根底にあるのは抜け出せない貧困。笑いながらも心が痛い。
8.『Night and Day』(ホン・サンス監督/韓)
大麻疑惑で逃亡生活を余儀なくされた中年画家のパリ生活日記。主人公は母国に愛妻を残すも女に弱く、知り合う女性にことごとく惚れるが、何故か一線は守るという憎めないキャラ。画家なのに絵を描くシーンがない、パリなのに登場人物が韓国人だらけ、何も事件は起こらないといったシュールな映画だが、そのほのぼの感が不気味に心地よい。
9.『JCVD』(Mabrouk El Mechri監督/仏=ベルギー)
ジャン・クロード・ヴァン・ダムが実名で主演の自虐コメディ。売れなくなったアクションスターが離婚問題と金銭問題に悩まされつつ、偶然に銀行強盗に巻き込まれ、包囲した警察隊から主犯と勘違いしてしまい窮地に立つという話。後半はアル・パチーノ主演『狼たちの午後』のパロディ。本年カンヌで話題に。
10.『Breathless』(ヤン・イクチュン監督/韓)
幼少期にトラウマを持ち暴力団員としてしか生きていけない男が、偶然知り合った女子高生と心を交わせながら人生に目覚めていく人間ドラマ。低予算、監督自らが主演、暴力描写が多い、描写が美しいなど鑑賞感は初期の北野武監督作を彷彿とさせるが、真実の追究はより深い。
近年多かった911事件や対テロ戦争、地域紛争など国際情勢をテーマにした作品が少なかったのですが、このリストにある通り、今回のテーマはズバリ<貧困>です。現在、世界各地で貧富の二極化と貧困層の固定化が大きく問題視されています。作家の多くもそれを危惧して、結果的に同時期に同様のテーマの秀作が生まれたのでしょう。映画は時代を映す鏡です。奇しくも経済危機が叫ばれている今日において、皮肉にもキャッチーな事象となりました。あとひとつ、イタリア映画がとても元気だという印象を持ちました。

<PIFFでの映画賞>

PIFFでは毎回2つの主な映画賞が用意されています。ひとつは期間中に開催される釜山映画批評家協会賞。もうひとつは閉幕式で授賞式が行われる新人作品賞です。前者は韓国作品全編が対象で、後者は主にPIFFプログラムのニューカレンツ部門とワイドアングル部門から選ばれます。今回、新人作品賞には日本からは市井昌秀監督の『無防備』と長編ドキュメンタリー賞(PIFFメセナ賞)に想田和弘監督の『精神』がそれぞれ受賞しました。受賞結果は以下の通りです。

【第9回釜山映画評論家協会賞】
最優秀作品賞:『Night and Day』(ホン・サンス監督)、監督賞:イ・ミョンセ『M』、主演男優賞:キム・ユンソク『追撃者』、主演女優賞:キム・ミニ『お熱いのがお好き』、助演男優賞:パク・ヒスン『セブンディズ』、助演女優賞:キム・ジヨン『私たちの生涯最高の瞬間』、脚本賞:ナ・ホンジン『追撃者』、撮影賞:ホン・ギョンピョ、新人監督賞:オ・チョムギュン『慶祝!私たちの愛』、新人男優賞:(該当なし)、新人女優賞:パク・ウネ『Night and Day』、審査員特別賞:イム・スンレ『私たちの生涯最高の瞬間』、イ・ピルウ記念賞(生涯名誉賞):ペク・ヨンホ監督

【第13回釜山国際映画祭新人作品賞】
ニューカレンツ賞(最高作品賞):『Land of Scarecrows』(ROH Gyeong Tae監督/韓=仏)、『無防備』(市井昌秀監督/日)、特別賞:『Members of the Funeral』(ペク・スンビン監督/韓)、『Er Dong』(チン・ヤン監督/中)、Sonje賞(短編賞):『Andong』(ロンメル・トレンチノ・ミロ監督/フィリピン)、『Girl』(ホン・スンフン監督/韓)、PIFFメセナ賞(長編ドキュメンタリー賞):『精神』(想田和弘監督/日)、『Old Partner』(LEE Chung Ryoul監督/韓)、FIPRECI賞(国際映画批評家連盟):『Jalainur』(イエ・チャオ監督/中)、NETPAC賞(Network for the Promotion of Asian Cinema):『Members of the Funeral』(ペク・スンビン監督/韓)、『Treeless Mountain』(キム・ソヨン監督/韓=米)、KNN映画賞(観客賞):『100』(クリス・マルチネス監督/フィリピン)

<PIFF2007閉幕式>

10 日午後7時、5000人収容のヨット競技場特設野外ステージで閉幕式が執り行われました。PIFFはゲスト来場が前半に集中するので、この時になると落ち着いた雰囲気です。その中でも会場内を走るレッドカーペットで最も大きな歓声と拍手で迎えられたのはヒョンビン、アン・ソンギ、そして夏帆でしょう。夏帆がレッドカーペット歩くと、絶叫に混じり片言の日本語で「カワイー」「アイシテルー」「ダイスキー」の叫びが聞こえました(全て女性の声)。そして最後に登場するのはキム・ドンホPIFF執行委員長。閉幕作出演のヒョンビンとイ・ボヨンのエスコート役ですが、フォトセッションの際は一歩外れて場を譲っているあたりがさすがの気の使いようです。残念ながらウォン・カーウァイ監督の姿はありませんでした。そして恒例の釜山市長のお姿も。
開幕式の流れはPIFF執行副委員長による謝辞と成果報告、コンペディション授賞式、ピアノと韓国伝統楽器ヘグムによるクラシック演奏、閉幕作品舞台挨拶、花火打ち上げ、開幕作品上映です。コンペディション授賞式には日本人受賞者の市井昌秀監督と想田和弘監督がそれぞれ登壇、トロフィーや花束を授与されます。両手でガッツポーズを切る想田監督とは対照的に、市井監督は感無量の面持ちで「妻、子ども、両親、スタッフ、キャスト、そしてたくさんの協力があってできた作品なので、みんなに感謝したい」と感動のスピーチを会場に捧げました。PIFF名物の閉幕式終了を告げる打ち上げ花火は例年通りダイナミックで奇麗でしたが、最後の大玉が不発に終わると場内に笑いが起きるという一幕もありました。これもお愛嬌。そして、閉幕作品『I Am Happy(仮題:私は幸せです)』が上映され9日間の祭典の幕が閉じました。
さて、いかがでしたか。今回は13回目ということもあり、今までにない面白い企画やプログラム編成を組むのが大変だったのではと思われたのですが、いざ参加してみるとやはり例年通り楽しく実りある残る映画祭でした。そして何より日本の映画界がPIFFを必要としていることも実感させられました。

ただし、残念な点もいくつかあります。開催前は韓国国外からのインターネット発券ができなかったことや公式サイトの不具合が日本では問題視されましたが、期間中に入ると現場の混乱は方々で目の当たりにし、特に外国人である私たちが困惑する場面が多々ありました。私が体験した中ではあるヨット競技場特設野外ステージでの上映で観客のほとんどが入場できていないのに上映が始まるといった事も。これらはちょっとした配慮や臨機応変な対応ができたら解決できる事ばかり。来年に向けて改善を望みます。

あと、今回は日本からの韓流ファンの皆さんが例年に比べ桁違いに多かったのが印象的でしたが、<一部>マナー違反な行動をされている方がいたのも残念。イベント会場や上映・舞台挨拶への参加は映画祭の範疇ですが、例えば宿泊ホテルで出待ちするとか、パーティー会場に突撃を試みるとか。いくら韓国が親しみある隣国とはいえ、ここは海外です。あなた方一人一人が日本人の代表で、その行動が韓国や他国の人から見られているという自覚と品格を持ちましょう。
ともあれ、次回のPIFFに大いに期待したいところです。昨今の韓国映画不振が単なる過渡期であるというのは私のオススメ映画の項で示した通り。そして、「アジア映画のハブ」を旗印に掲げるPIFFの目指すべき道は韓国映画振興の役割を超え、次のステップに進むことだと思います。世界三大映画祭のカンヌ・ベルリン・ベネチアもかつては自国映画の国際的振興が発端でしたが、いまやそれと切り離してもその権威と独自性を失なっていないのは周知の通り。PIFF もそろそろその時期に来てるのではないでしょうか。逆に現在アジアでそれを実現できるのはPIFFだけなのですから。そんなPIFFの更なる発展を信じ、ニューかめりあ号で釜山港をあとにするデューク松本がお届けしました。

その他情報

※一部の写真はPIFFから提供を受けています。

上記の記事は取材時点の情報を元に作成しています。スポット(お店)の都合や現地事情により、現在とは記事の内容が異なる可能性がありますので、ご了承ください。

記事登録日:2008-10-24

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