善徳女王陵(慶州)

ソントッヨワンミョジ선덕여왕묘지

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新羅初の女王として、芬皇寺や瞻星台を建立した第27代目の新羅王の陵。

こんにちは、プサンナビです。日本でも時代劇物で脚光を浴びた歴史上の人物の生誕の場所や史跡などが観光地として有名になる場合がありますが、韓国でも、まさにそんな場所があります。2009年韓国テレビ界で爆発的な人気となった「善徳女王(ソンドッヨワン)」。新羅初の女王として知られている存在でしたが、そのドラマの影響で、その人気はさらにまし、慶州にある女王のお墓なども整備され、観光客が行きやすくなりました。そんな新羅初の女王だった第27代目の善徳女王の墓が、慶州の市内から数キロはなれた小高い丘の上にひっそりとあります。女王時代だったころ、自分の滅びる月を言い当て、奉られているこの陵の場所に眠らせて欲しい!と自分で指定した場所でもあります。

森林浴をしながら女王の眠る場所へ

冒頭でも述べたように、女王時代に、自らこの墓の場所を指定したといわれている。どういった場所を選んで自らの墓の場所を選んだのか?行ってみると、慶州の古墳や史跡などが集まっているエリアからは数キロほど離れている静かな丘の上にひっそりと眠っている。現在は、脇を国道や鉄道が走っているものの、田畑に囲まれた閑静な感じは、今でも変わっていない。
国道から墓に続く小道を登ること500Mほど。丘といっても急な坂道はなく、ゆったりとした感じで散歩していけるくらいになっている。しっかりとコンクリートなどで整備はされていなく、 土道を歩いていくのも、どこか徐々にタイムスリップしているかのようなそんな錯覚させ感じさせるほど。また、墓までの道のりは、松の木が颯爽と茂ってい、墓を守っている守護神の役目といった感じを彷彿とさせる。
小道を10分ほど歩いていくと、松ノ木の影から女王の墓が顔をのぞきます。 小道を10分ほど歩いていくと、松ノ木の影から女王の墓が顔をのぞきます。

小道を10分ほど歩いていくと、松ノ木の影から女王の墓が顔をのぞきます。

善徳女王とはどんな人物?

お墓に到着する前に、まずは、この善徳女王について触れておくことにしましょう。 善徳女王は、新羅27代目の王、新羅時代初の女王として、632年から647年在位したといわれている。また、新羅が三国統一を図るきっかけを掴んだのも、この善徳女王の時代から始まったといわれ、かなりの勢力があった王とも言われている。また、慶州の新羅時代の史跡としても有名な芬皇寺や瞻星台も築いたといわれている。

聖なる山、狼山(ナンサン)

女王が奉られている小高い丘は、狼山といわれている山。昔から、聖なる山といわれているところで、女王の墓の入り口付近には、護国寺である四天王寺跡がある。この山に自分が死んだ後に奉ってほしい、と伝えられた伝説は有名だが、その際にも、「仏の国である場所に埋葬して欲しい」といった女王に対して、家臣が場所を聞いた際に、この狼山を指定したといわれている。そのときは、まだ四天王寺ができていなかったが、後で仏を守る意味の四天王寺が建設され、その女王のいわんとしていることが実証されたといわれている。

善徳女王陵

全周74m、高さ6.8m、直径24mからなる墓は、形を土で丸く積み上げた形態をしている。下には、墓を保護するような形で、2~3段の自然石が築かれている。
雪の降る日の善徳女王陵。こんな寒い日にも、熱心に女王をお祈りする方が参拝に来ていました。
日本でもドラマが放映されていて、ぜひ訪れてみたい、という方もいるのではないでしょうか? 善徳女王の墓とあわせて、女王が築いたといわれる建築物の史跡なども一緒に見られることをオススメしますよ。以上、プサンナビがお送りしました。

記事登録日:2010-04-21

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上記の記事は取材時点の情報を元に作成しています。スポット(お店)の都合や現地事情により、現在とは記事の内容が異なる可能性がありますので、ご了承ください。

スポット登録日:2010-04-21

スポット更新日:2012-06-19

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