地面より掘り出された四面石仏が残る寺院址
アンニョンハセヨ、ナビです。慶州の市街地を北から眺める、小金剛山(ソクムガンサン)という山があります。ここには栢栗寺(ペンリュルサ)という寺院があり、かつては新羅仏教のメッカとして栄えました。その小金剛山の麓にあったのが掘仏寺(クルブルサ)。同じく新羅の時代に創建された寺院ですが、現在は数体の仏像を残すのみとなっています。寺院址に残る伝説の四面石仏を見に行ってきました。
掘仏寺という名の由来
新羅第35代の景徳(キョンドッ)王が栢栗寺を訪れようとしたときのことです。栢栗寺のある小金剛山の麓まで来た時に、どこからか念仏を唱える声が聞こえてくるのに気がつきました。声のするほうをさぐってみると、どうも地面の下から聞こえてくるようです。おかしなこともあるものだと、景徳王は臣下に命じて地面を掘らせました。するとそこからは四面に仏像が彫られた大きな岩が出てきました。これに感動した王はこの場所に寺を建設し、仏像を掘り出したということで掘仏寺と名付けました。
掘仏寺址四面石仏
掘仏寺址四面石仏はその名の通り、東西南北の四面に仏像が彫られています。この四面とは大乗仏教における四方浄土を象徴するものです。正面となる西に阿弥陀三尊仏、東に薬師如来、南に菩薩立像ともう1体の立仏像、北にも2体の立仏像が配置されています。掘仏寺址の四面石仏は宝物第121号に指定されています。
栢栗寺へ
掘仏寺址といっても残っているのは四面石仏だけです。他にみるべきものはないので、一緒に栢栗寺まで足を運ばれることをおすすめします。四面石仏の裏を行く急勾配の石段を上った先が栢栗寺です。
東川庁舎裏の四方仏塔身石掘仏寺址の入口を出て400mほど行くと慶州市の旧庁舎(東川庁舎)があります。この東川庁舎の裏手にある住宅街の真ん中に小さな公園があり、そこには四面に仏像を彫刻した塔身石があります。このような塔身石は他に類例を見ることができない非常に珍しいものなのですが、残念ながら詳しいことはよくわかっていません。
掘仏寺址から栢栗寺へ。山の中腹に位置する栢栗寺をさらに越えて小金剛山の頂上まで登ってみるのも悪くないコースです。小金剛山の頂上付近には大きな岩に彫られた磨崖三尊仏があり、また慶州市街地を一望にできます。軽い山登りの気分で訪れてみてはいかがでしょうか。以上、ナビでした。