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鳳停寺 (安東)

ポンチョンサ봉정사

閉店・移転、情報の修正などの報告

韓国最古の木造建築があるお寺

アンニョンハセヨ、ナビです。釜山からはるばる2時間半、またまた歴史文化都市、安東にやってまいりました。築何百年という史跡が町のいたるところに点在する安東は、どこにいっても見どころがいっぱい。その中でも特にはずせないと言われている名所が3箇所あります。ひとつは朝鮮時代の街並みが現代に生きる『河回村』、二つ目は日本にも影響を与えた大儒学者、李退渓ゆかりの『陶山書院』。そして最後は、今回紹介する『鳳停寺』という古寺です。韓国最古といわれている木造建築『極楽殿』があり、1999年、エリザベス女王が訪問したことで一躍脚光を浴びました。
鳳停寺
新羅文武王2年(672)、義湘大師が栄州(ヨンジュ※現在の栄州市)に位置する、浮石寺(プソッサ)から飛ばした紙で作った鳳が降り立ったところに、寺を建立したことから鳳停寺と名づけたという逸話が伝えられています。ただし、後に発見された極楽殿の上梁文の記録によると、義湘大師の弟子である能仁が建てたとあったため、逸話は義湘大師の名声が作り上げた伝説であると考えられるようになりました。寺誌や経典は朝鮮戦争のときにすべて消失してしまったため細かい記録は謎とされてきましたが、極楽殿を解体修復した過程で12世紀中葉に修復された建物であることがわかり、韓国最古の木造建築であると指定されました。高麗時代中期に建てられた極楽殿、朝鮮時代初期の大雄殿、後期の華厳講堂など、朝鮮半島の木造建築の系譜が会する場所として非常に高い史跡価値が認められています。
バス停から参道を登ること約15分。異様に背が高い柿の木の藪の中に、鳳停寺に続く石段が見えてきます。石段の傍らには石垣が何層にも構えられ、まるで古城のような造り。昔の人は、この層を超えるごとに極楽に近づくような神妙な気持ちになりながら、石段を一歩一歩と踏みしめていったのだとか。今でこそ人は車に乗って、すんなりとお寺まで来られるようになりましたが、苦労の末に見た寺院はさぞかしありがたく見えたことでしょう。

徳輝楼(トッフィル)
急な階段を上がって楼閣が門のように構える様式は、急な傾斜に立つ建築によく見られます。入り口をくぐるときは、足元の木にお気をつけください。これは、人間が跨ぐ動作をするとき体が屈み、謙虚な姿勢を自然に作り出す配慮からなのだとか。
2階に上ることができます 2階に上ることができます

2階に上ることができます

極楽殿(クッラッジョン 国宝第15号)
韓国でもっとも古い木造建築と考えられている極楽殿。1973年に完全解体修復が行われ、その際に発見された上梁文を元に1363年に瓦を吹き替えたということがわかりました。一般に瓦屋根の建築資料を考える上で、瓦の修復は150年~200年のスパンとされるため、最初に修復された1363年から150年遡った12世紀中盤の建築ということになれば、韓国で最古となり国宝に指定されました。

正面3間、側面4間の端正な切妻屋根の建物。主柱は中間が膨らんでいるエンタシス様式。日本の法隆寺などでも見られるスタイルです。研究者によると、極楽殿の内部は簡潔な処理技法が優れているのだとか。1973年の完全修復の際色が塗り変えられましたが、趣きある内部とは似ても似つかぬ、安っぽい外観になってしまったため。史跡修復の典型的な失敗例のとも言われているそうです。
極楽堂の前に立つ三層石塔
高麗時代に造られたものとしては、比較的状態よく保存されています。
大雄殿(デウンジョン 宝物第55号)
朝鮮時代初期に建てられたと推定されている大雄殿。1625年と1809年に大々的な修復が行われ今日に至り、現存する多包式の建築としては、韓国最古のものです。  大雄殿は正面3間、側面3間の八作屋根がのった多包式の建物で、柱のと柱の間には枡組みがあり、屋根の下から見上げるとその見事さに絶句します。
華厳講堂(ファアムカンダン 宝物第448号)
大雄殿と極楽殿の中間に位置する建物。建物の名称に残るように、一時は講堂として使われていたそうですが、現在は僧侶が法要を営む場所として使われています。
山神閣(サンシンカッ)
土着の神を祀る祠。仏教が朝鮮半島に入ってくるまで広く浸透していた山神を仏教寺院の中に取り込むことで、仏教の振興を図ったなどとも言われています。山神閣は韓国にある仏教寺院でよく見られ、大抵境内の奥まった隅に建っているそうです。
現在でも僧侶が修行しているため、このようにキムチを貯蔵する様子も見られ生活感が漂います。(
鳳停寺を後にして
鳳停寺の見学を終えてバス停まで降りてくると、ガイドの方がこのあたりは、直木賞作家だった立原正秋氏の出身地だと教えてくれました。しかも父親は鳳停寺の僧侶であったとか。観光地として立原氏ゆかりのものを示すものは特にありませんが、自伝的小説『冬のかたみに』には、禅寺での修行した日々があり、このあたりの美しい田園風景と共に描きだされているそうです。駐車場の管理室で働く職員のひとりは、立原氏の小学校時代の同級生なのだと、妙にリアルな話も聞かせてくれました。
『河回村』や『陶山書院』とともに、重要な観光地として人気が高い鳳停寺。高麗時代の木造建築を見られるのは、非常に稀なので、安東に訪れた際にはぜひ、立ち寄って見てはいかがでしょう?以上、ナビがお送りしました。

記事登録日:2004-12-23

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上記の記事は取材時点の情報を元に作成しています。スポット(お店)の都合や現地事情により、現在とは記事の内容が異なる可能性がありますので、ご了承ください。

スポット登録日:2004-12-23

スポット更新日:2012-03-23

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